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鬼朱印・不動朱印直前!見仏ポイントまとめ(不動明王編)

更新日2019年04月10日

「くにさき」のお不動様

 4月20日からスタートする鬼朱印・不動朱印めぐりに出かけられる前に、「くにさき」のお不動様について少しだけ予習をしておくと、より楽しめると思い、コラムを作成しました。
 密教文化において特に重要視された不動明王。峯入りに代表される山岳修行を重視する「くにさき」においても、とても厚く信仰されました。特に「くにさき」において、不動明王がよく作られたのが、天台宗が本格的に入ってくる平安後期。行入寺の不動明王を皮切りに、多数の不動明王が作られるようになりました。
 江戸時代には、不動明王を六郷満山全体のご本尊として祀ることになり、六郷満山のほとんどの寺に不動明王が祀られるようになっていきます。その後、不動明王は地域の守り神として、村人からも信仰を集めていくことになります。

「くにさき」最古とされる行入寺の不動明王

黒土不動尊として地域から信仰を集める無動寺の不動明王

「くにさき」のお不動様の見仏ポイント

日本最大級の不動明王 真木大堂 【重要文化財】

 「都から遠く離れた国東半島に、これだけの仏教文化があるとは。」と、訪れた多くの人が驚くのが真木大堂。特に高さ255cmの不動明王は、国内最大級の木造の不動明王像で、体の周囲を取り巻く迦楼羅炎もあいまって迫力のあるお姿をしています。
 しかし、像に少し近づいて、よく御顔を見てみると、少し丸顔で優しそうな顔をしていることが分かります。「くにさき」に仏教文化が入る平安後期の特徴とも言えるのですが、どこか日本的な柔らかさを備えた像容を伝えているのです。
 左右を固める童子も平安時代のもの。表情も非常にリアルで、多くの人を惹きつけてやみません。

どこか優しげな木造不動明王立像

童子の表情

岩壁に彫られた8mの巨像 熊野磨崖仏 【重要文化財・国指定史跡】

 真木大堂から更に少し山間に行くと、熊野磨崖仏の看板が見えてきます。熊野集落には鬼の伝説があり、駐車場から対面に見える岩穴から出た赤鬼が、熊野権現まで続く荒々しい石段を積んだといいます。
 その石段の8合目ほどの場所まで来ると突如現れるのが熊野磨崖仏。日本を代表する磨崖仏で、高さは8mを超えます。その中の一尊である不動明王像は鎌倉時代に彫られたものです。硬い岩盤に彫られた磨崖仏は、薄い半肉彫りでつくられ、雄大な自然から湧出したと思わせます。また、そのお顔を見てみると、丸顔で優しく、ユーモラスさまで感じさせます。
 熊野川の最上流に位置する磨崖仏は、村人たちからは水の守り神としても厚く信仰されました。

熊野磨崖仏 不動明王像

鬼が築いた石段の先に磨崖仏がある

神像?仏像?神仏習合の叡智 太郎天 【重要文化財】

 中世には六郷満山の惣山として、各寺院をまとめた長安寺。その長安寺の不動明王は少し不思議な像容をしています。
 もともとは境内の六所神社にあったとされる太郎天。太郎天は「くにさき」の霊験あらたかな山々に現れる神様です。
 しかし、像の内側にびっしり書かれた墨書には「不動尊作十九観・・・」と、不動明王としてつくられた事が書かれ、頭頂部には不動明王の梵字「カーン」が書かれています。2人の童子を従える姿からも、本像は不動明王の化身としてつくられたと考えられています。
 神仏を重ね合わせる「神仏習合」の実践の地「くにさき」。本像はその叡智を結集させてつくられたと言っても良いでしょう。

太郎天像及び二童子

現在は素木ですが、截金の細工の跡が見られます

個性豊かなお不動様と出会える 春の御朱印

 4月20日からはじまる六郷満山の春の限定御朱印。
 日本遺産の事業で、鬼様・不動様のお姿の印を作らせていただきましたが、今回紹介した不動明王も印にしております。「くにさき」にとって、お不動さんが特別な存在だという事を感じながら、不動朱印めぐりをしていただけると幸いです。

それでは、春の「くにさき」でお待ちしております。

春の限定御朱印のイベント情報