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今こそ知りたい!「くにさき」見仏ポイントまとめ(薬師如来編)

更新日2020年05月12日

薬師如来について

 薬師如来。その手に持つ薬壷はあらゆる病気へのご利益があるといわれ、全国的にもメジャーな仏様です。東方瑠璃光界の教主とされ、現世で病気平癒を叶えてくれます。
 天台宗では、開祖最澄は比叡山に薬師堂を作り、自ら五尺五寸の薬師如来を彫って祀ったとされ、多くの寺院で信仰されています。脇侍の日光・月光菩薩、眷属の十二神将を従えており、全て揃うと荘厳な出で立ちになります。
 薬師如来は「くにさき」にとっても重要な仏様ですので、今回は薬師如来についてまとめてみました。

薬師如来の持物・薬壷(やっこ)

眷属の十二神将

「くにさき」と薬師如来

 六郷満山のはじまりと薬師如来は大きく関係しているといわれています。一般に六郷満山のはじまりと言えば、養老2(718)年に八幡神の応現である仁聞菩薩が、28の谷にそれぞれ寺院を開いたと伝わっています。しかし、少し史料を紐解くと、六郷満山のはじまりには、宇佐宮弥勒寺の僧侶が関係していることが分かります。
 宇佐神宮の『託宣集』によれば、奈良時代から平安時代前期にかけて、宇佐宮弥勒寺の僧侶である法蓮・華厳・覚満・躰能が、それぞれ虚空蔵寺(宇佐市山本)に虚空蔵菩薩、法鏡寺(宇佐市法鏡寺)に如意輪観音、薬王寺(豊後高田市森)に薬王菩薩、六郷山(国東半島)に薬師如来を祀ったとされていいます。ここから初期の六郷満山は薬師如来を祀るための霊場であったとされています。
 薬師如来は六郷満山でも古いとされる本山寺院を中心に信仰され、鎌倉時代には8ヶ寺(智恩寺、後山金剛寺、高山寺、間戸寺、無動寺、岩戸寺、神宮寺、両子寺)で薬師如来は本尊とされていました。

薬王寺の瓦を焼いたと推定されるカワラガマ遺跡

薬師如来の信仰を現在に伝える智恩寺

智恩寺の薬師如来

智恩寺・内部

「くにさき」の薬師様の見仏ポイント

■「くにさき」最古の薬師如来 無動寺【県指定有形文化財】

 巨大な岩壁「名勝 無動寺耶馬」を背負う古刹・無動寺。その本堂の東側には、像高155cmの木造薬師如来坐像が祀られており、材木は九州に特徴づけられる樟木(クスノキ)。11世紀の作とされ、「くにさき」最古の薬師如来像のひとつです。脇侍の日光月光菩薩、眷属の十二神将を従え、彫りの深い目鼻立ちと荘厳な表情をしており、堂々とした風貌の像です。
 本堂中央の内陣にも薬師如来が坐しますが、こちらはやや時代がさがって12世紀の作。こちらも県指定有形文化財に指定されています。
 両者を見比べてみると、顔のリアルさ、螺髪や衣文の表現に差が見えます。

寺院の後背に聳え立つ無動寺耶馬(国名勝)

無動寺木造薬師如来坐像 附 十二神将(県指定)

無動寺木造薬師如来坐像(県指定)

■薬師如来と修正鬼会 岩戸寺【県指定有形文化財】

 岩戸寺にも薬師堂・講堂に薬師如来が祀られています。薬師堂の薬師如来は11~12世紀の作。材木は榧木(カヤノキ)。少し彫り口が浅く、穏やかな表情が平安時代後期の和様の特徴。左手の薬壷を持つ手が下がっているのも特徴的ですが、天台宗の像の様式です。
 講堂の薬師如来は平安時代末期の像。何といっても修正鬼会のときに、講堂の中心に坐し、粧厳(装飾)される像です。表情には威厳があり、浅彫りで流れるような衣文が美しい像といえます。無病息災も祈願できる修正鬼会の折にはしっかり拝んでおきましょう。

岩戸寺木造薬師如来坐像(県指定)

岩戸寺木造薬師如来坐像(市指定)

薬師如来坐像の前で行われる岩戸寺修正鬼会

■中山仙境 無明橋【国名勝】

 薬師如来の像ではないですが、中山仙境の無明橋は薬師如来の加護によって架かっているのです。というのも、無明橋の裏側を見てみると、薬師如来・日光菩薩・月光菩薩の梵字が彫られているからです。
 橋の裏側には、橋が落ちないようにという願いを込めて、梵字や念仏などが刻まれたり、石仏が置かれたりします。旧無動寺(下黒土身濯神社)にも小さな石橋の跡がありますが、その裏には「南無阿弥陀仏」と刻まれ、両子寺の無明橋の裏手にも石仏が安置されています。
 いくら薬師如来のご加護があると言っても、あくまで橋が落ちないようにというまじないですから、渡られる時は決して落ちないようにしてくださいね。

中山仙境 無明橋

無明橋の裏に彫られている梵字

岩峰が連なる中山仙境(国名勝)